私の彼は左きき 花の中三トリオ 神田川 関西ブルース

 '73年9月20日にリリースされた「神田川」は「南こうせつとかぐや姫」が歌っている。もともとはLP「かぐや姫さあど」に収録されていた曲だったが、深夜放送のリスナーから多くのリクエストが届いたため、シングル力ッ卜された。歌詞は、作詞家の喜多条忠が学生時代のほろ苦い思い出をつづったもので、当時ブームになっていた「同棲」の流行に一役買った。この曲はかぐや姫最大のヒットとなり、最終的には160万枚を売り上げている。それまで反体制的な匂いを漂わせていたフォーク・ソングが、この曲辺りから極めて日常的な風景を綴り、「四畳半フォーク」とも呼ばれている。

 '76年、ボクは3年間つきあっていた女子大生Yと同棲を始めた。「神田川」や「同棲時代」のブームは、すでに去っていた。六畳と四畳半に申し訳程度の台所とトイレがついている文化住宅で暮らし始めた。

 3回生のとき、ボクは自分の持っていた金と親からの借金で、木屋町でスナックを始めた。それが、あるトラブルのために店を閉めることになった。今までの優雅だった暮らしは消え、失意のどん底でふたりは暮らし始めたのである。

 今まで回っていた金が入ってこないので、どうしても貧乏生活になる。バイトを始める気力もなくなっていた。プライドだけが肥大して、過去のよかったことばかり思い出してくる。まるで、自分を慰めるだけの記憶が甦ってくるのである。彼女にとっては、たまったものではなかっただろうと思う。

 知り合いが家に遊びにくると、酒を飲んで理想を語っている。現実を直視せず、空しい繰り言を繰り返しすのみのボクは、友だちと安酒を飲み過ぎてグロッキーになっていた。そんなボクに彼女が冷たい視線を向けている。ボクを見ているのではない。ぼくのうしろにある淋しい未来を見据えていた。そして、ぽつんとため息を吐いた。

 過去には浮気もしたこともあったが、彼女はボクを許し「やさしいから好き」といい続けた。無鉄砲だが一生懸命頑張っているボクをみて、いつも微笑んでいた。だが、同棲した頃には、ボクは何もできないボクになっていた。彼女は、「やさしさ」を持っていると思わせている「優柔不断でいいかげんな」ボクと、同棲生活を送っていた。

 ボクたちは、同棲して半年目に別れた。つき合っているときは見えなかった互いの本質が、同棲することでわかってきた。生活の不安定さが、互いの心の疑心を倍加させることも知った。また、「やさしさ」の本質のなかには、とんでもないものが潜んでいることもわかった。
 同棲と「やさしさ」のもつ怖さの意味を、ボクたちは別れてから知ったのだった。


これからも作品は続きます

僕の『京都同やんグラフィティ』は、1973~1976年の間、
同志社大学(小説では同夢舎大学)に入学し、
京都で過ごした思い出を虚実おり混ぜて小説にしたものです。

「青雲篇」「劣情篇」「堕落篇」という3部作を構想していて、
「青雲篇」は、瀬戸内海の小都市から出てきて右も左も分からない主人公が右往左往する話です。
「劣情篇」は、女性との付き合いが中心になります。初体験から突然のモテ期が到来し、
当時の女性の考え方や愛し方などをつづります。
「堕落篇」は、ひょんなことから学生ビジネス(飲み屋)を始めることになった主人公が、
さまざまなことにチャレンジする話です。

「青雲篇」「堕落篇」をご期待ください。


¥300
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