スナックをしていたときは、よく京懐石の店へ弁当を食べに出かけた。昼だと有名な料亭の味がリーズナブルに味わえるので、彼女といっしょに京都の名店を巡ったのだ。今になって思うのは、当時のボクの舌では、老舗の味を理解できなかったのではないかと思っている。ボクが好んだのは、味付けがはっきりしているものが多く、京料理の真髄に届くことはなかった。あの「しる幸」の上品な味を、物足りないと感じたこともある。ただ、こうした経験は、ライターとして食べものを取材することの多いボクにとって、大きな財産になったのは間違いのないことである。
他にも「中村楼」「中むら」「田ごと」「下鴨茶寮」「六盛」などの弁当を食べた。さまざまな料理が松花堂の器のなかに飾られ、彩りと味は申し分ない。あとは、それぞれの店の個性をいかに出しているかに興味があった。
このなかで印象に残っているのは「田ごと」の「光悦水指弁当」である。「田ごと」は四条通の新京極と河原町の間の繁華街にあるので、見逃しやすい店である。だが、一軒ほどの間尺から店に入ると、石畳の路地になっていて、玄関までの間につくばいや池がしつらえてあり、喧噪の空間から静寂な空間へ入るという心構えになる。
この店の弁当は、江戸時代の初夏・陶芸家として名高い本阿弥光悦の名前を冠する。なぜ印象に残っているかといえば、ボクはここで初めて「このわた」を食べた。弁当に入っていたのである。最初はゴムのような感触にびっくりしたものだが、何度も食べているうちに美味しいと思うようになってきた。ほんのわずか、ちょっとした箸休めにいただくのがちょうどよい。ほかにも「中村楼」の「田楽弁当」も豆腐の味が滋味に感じ、焼き上げられた木の芽が香ばしい味噌が、八坂神社の側というシチュエーションも加わり、京料理の美味しさを盛上げてくれる。
もう一度、これらの店を訪れて当時の記憶と照らし合わせてみたいのだが、ヨメさんが京料理をあまり好いてないのである。もしかすると、当時の記憶の片隅にいる、かつての彼女の面影を察知しているのかもしれない。 |