愛と誠

 梶原一騎原作・ながやす巧作画。1973年3・4 合併号から1976年39号まで週刊少年マガジンに連載された。子供のとき命がけで早乙女愛を助けた大賀誠だったが、思春期に再会した2人の境遇は大きく違っていた。早乙女愛が幼き日の太賀誠を「白馬の騎士」と思うことや、優等生・岩清水弘の「君のためならば死ねる」などが流行語になっている。

うしろの百太郎

 以前は「花のピュンピュン丸」といったギャグ漫画や「空手パカ一代」といった空手漫画を手掛けていたつのだじろうが、「週刊少年チャンピオン」の「恐怖新聞」や「少年マガジン」の「うしろの百太郎」などのヒット作を放った。「うしろの百太郎」は守護霊・百太郎を持ち、コミュニケートできる能力を持つ高校生・一太郎を案内役に心霊現象を解説する。実例や研究報告、写真などを添えて、普通の生活のなかにも霊は存在するという漫画なのである。
 ちなみに、つのだじろうの弟がつのだひろ。

あしたのジョー、完結

 高森朝雄(梶原一騎)原作、ちばてつや画の漫画「あしたのジョ-」は68年1月1日号から73年5月13日号にかけて連載された。70年に力石徹がジョーと戦うため、ウェルター級からバンタム級まで13kg以上減量したことによって力石が死んだとき、ファンは力石の葬式を行うなど、大きなイベントとなった。
 その後、ジョーは世界チャンピオンのホセ・メンドーサと世界タイトルマッチ15回戦を戦い抜いた。試合は判定負けではあったが、ジョーは「まっ白な灰となって四角いリングの中で微笑んでいた」という有名なラストシーンは、梶原一騎の原作ではなく、ちばてつやの発案だという。

ブラック・ジャック

 押し寄せる劇画ブームに圧倒され、スランプに苦しんでいた手塚治虫が『週刊少年チャンピオン』で『ブラック・ジャック』の連載が始まる。第1話が掲載されたのは73年10月発売の11月19日号。翌年、手塚治虫がマンガ家生活30年目を迎えるのを記念しての特別企画だった。第1回目に手塚が描いてきた漫画のオールスターキャストが出演するのはそのためだ。短期連載の予定だった『ブラック・ジャック』は、その後5年間にわたって連載され、手塚の代表作となった。

1973年のまんが
梶原一騎作・ながやす巧画「愛と誠」/山本鈴美香「エースをねらえ!」/水島新司「あぶさん」/大島弓子「ミモザ館でつかまえて」/土田よしこ「つる姫じゃ~っ!」/中沢啓二「はだしのゲン」/矢口高雄「釣りキチ三平」/ ちばてつや「おれは鉄兵」「のたり松太郎」/手塚治虫「プラックジャック」/つのだじろう「うしろの百太郎」/里中満智子「アリエスの乙女たち」など
* 虫プロ倒産、「COM」休刊

これからも作品は続きます

僕の『京都同やんグラフィティ』は、1973~1976年の間、
同志社大学(小説では同夢舎大学)に入学し、
京都で過ごした思い出を虚実おり混ぜて小説にしたものです。

「青雲篇」「劣情篇」「堕落篇」という3部作を構想していて、
「青雲篇」は、瀬戸内海の小都市から出てきて右も左も分からない主人公が右往左往する話です。
「劣情篇」は、女性との付き合いが中心になります。初体験から突然のモテ期が到来し、
当時の女性の考え方や愛し方などをつづります。
「堕落篇」は、ひょんなことから学生ビジネス(飲み屋)を始めることになった主人公が、
さまざまなことにチャレンジする話です。

「青雲篇」「堕落篇」をご期待ください。


¥300
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