'72年下半期の直木賞は長部日出雄の『津軽世去れ節』と『津軽じょんがら節』に与えられた。
日出雄はライターを経て、作家となるが、『津軽世去れ節』は初めての小説集である。『死刑台への逃走』で'70年に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しているが、日出雄の地元の小さな出版社・津軽書房からの出版という大きなハンディがあり、直木賞受賞はあまり考えられていなかった。ところが、それが直木賞の候補になった。しかも選考委員たちのほとんどから高い評価を受け、ほぼ満票の受賞となったのである。
柴田錬三郎は「材料を巧みに生かした語り口の点からも、満票となることは、目に見えていた」、水上勉は「好感をもたせ、借りものでないその人の存在をみた」、松本清張は「その土俗的な三味線弾きの迫力に感心した」と、選評している。
日出雄が小説の舞台に津軽を選んだのは「津軽の風土を自分のフランチャイズにしようと考えたのが帰郷の動機だった。それに、自分のこれまでの雑文稼業を小説一本にしぼろうと思ったことと、いまの娯楽小説の舞台が、都会に集中しすぎているように思ったこともある」と'74年出版の『津軽空想旅行』(津軽書房)に書いている。
日出雄の名は、映画雑誌「キネマ旬報」で目にしていた。大島渚と親交があり、映画雑誌の編集者をしていたこともある。そのためか、日出雄の文章には映像や音楽が心に浮かぶ描写が少なくない。
この年の「キネマ旬報賞」ベスト1に輝いた「津軽じょんがら節」は、日出雄の小説を映画化したものと考えられがちだが、全く関係がない。こちらは、中島丈博と斉藤耕一のオリジナルストーリーである。
日出雄は、'89年に自作の小説『夢の祭り』を映画化し、自らが監督をつとめた。柴田恭平が主演しているが、残念ながら未見である。
余談になるが、バンド「ハウンド・ドッグ」のボーカルだった大友康平は、長部日出雄が叔父にあたり、それが自慢らしい。 |